

以前コルカタに行ったときにお世話になった友達の弟さんがこのたび結婚することになり、招待状がうち宛に届きました。
ベンガル語で書かれた招待状のタイトルにはBaraatと書かれており、新郎側で行われる結婚式をそう呼ぶらしい。新郎側で結婚式をやる前にまず、新婦側に行って結婚式があるらしく、このときは新郎のお母さんは式には出席せず、息子が嫁も連れて帰ってくるのを家で待っているらしい。へー。
「絶対、ぜえええったい結婚式には来てね、もうMandatory(義務)だからね!」とまで念を押されたので今週から行ってまいります、コルカタへ。まだ電車のチケット取れてないけど・・・
結婚式に絡んで、インドはとっても宗教的。それはヒンドゥーだけでなくムスリムもクリスチャンも。
今の相方と前の相方はそれぞれヒンドゥー、ムスリムなのだけれど、二人とも日本のクリスチャン風結婚式を、まぁけなすけなす(笑)
何でクリスチャンでもないのに、ましてやキリスト教の信条も持っていないのに教会で結婚できちゃうわけ?プススス・・・と笑われます。
すごいむかつくんだけど、まぁ言われてみればそうなんですけど・・・。
でも日本風にしても神社でやるわけだから神前式となり、結局は神の存在は結婚式という場ではどの国も重要と考えると・・・日本人にとっては自分の好きなスタイルでいいんじゃないかとは思うけどなぁ。
インド人は何に絡んでも必ず宗教が出てきて、Atheistと自称している私からするとほんとに驚くことがいっぱい。もうそれはここでは書ききれないほど・・・・。
でも矛盾があって、たとえば相方は結構熱心なヒンドゥーであり、朝早く起きて身を清め、神にお祈りし、食事はベジタリアンで、いつも何かというと「神様が決めたことだから」と神様主義なくせにヒンズー教でもあまりよくないとされている酒やタバコはやるし、ムスリムの友達も同じで、婚前交渉も普通だし、お祈りもしないし・・・・一体、何を持って私は○○教といえるのかよくわからない。結局は精神論なのかなぁ。でも相方の例みたく、そこまで厳しく従わなくていいことには従うのに、従ったほうがいいルールには従わない・・・みたいな例はほんと私からしたらよくわからない。
ま、結局は人間ってことですな、欲には勝てない。
だって全部制限したら楽しいことなんて何にもないもの!!!
以前駐在していた会社の人が「酒も飲まない、タバコも吸わない、女遊びもしない、一体インドの男性は何が楽しみで生きているんだ」とすごい不思議がっていたのも納得。
イスラムなんか来世のために、今みんな一生懸命お祈りや、お酒とか飲まないようにしてるけど、だれか来世で今より幸せって言った人いるのか???とついつい問いたくなってしまうけれど、まぁ、それぞれの考えがあるからあえてツッコまないれど・・・。
とまぁ、批判になってしまったが、まだまだ目から鱗のインド文化。
もっといろいろ見てみたいですな。
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